ファティマの聖母マリア様と秋田の聖母マリア様巡礼


f0340134_14582448.jpg

2017年の夏、ポルトガルのファティマ(Fatima)の聖母マリア様と秋田県の湯沢台にある聖母マリア様のところに行った。二ヵ所の共通点は聖母マリア様のご出現である。


聖母マリア様が田舎だったファティマに子供の前でご出現されてから、2017年で100年になった。1917年5月13日、3人の牧童の前で聖母マリア様が現れて、驚いた子供に「怖がることはありません。わたしは皆さんに、何も悪いことはしません」と言われた。子供はルシア・サントス(10歳)と彼女の親戚フランシスコ・マルト(9歳)とジャシンタ・マルト(7歳)。ルシアの質問「あなた様はどちらからいらしたのですか?」に聖母マリア様は「わたしは天国からまいりました」と答えられた。毎月13日、同じところへ会いに来るようにと言われた。聖母マリア様は「皆さんは、神様のご栄光を侮辱する罪の償いとして、犠牲を払うために神様に身をささげ、神様が皆さんに送ろうとなさる苦しみをすべて喜んで受け入れてくれますか?罪びとたちの回心のために、そして数々の冒讀と聖母のけがれなきき心に加えられたあらゆる苦しみを償うために、苦しみを耐え忍んでくれますか?」三人が同意した。

f0340134_14592680.jpg

子供の報告によると、1年前、1916年の春と夏に、彼らの前に自分を平和の天使と名乗る若者が子供の住んでいたアルユステレル村(Aljustrel)に 現れ、神様を信じていない人のためにお祈りするように頼んだ。次の年マリア様が小さい木の上に現れられた。子供たちは様々な妨害に遭いながらも、聖母に会い続けて様々なメッセージを託され続けた。8月13日、子供が監禁され、15日解放されたので、聖母マリアはその月19日予告なくアルユステレル村に現れられた。同年10月聖母マリア様の約束通り、大勢の人がご出現を見らえる奇蹟が起こった。

f0340134_15013403.jpg

7万人の群衆を前に太陽が狂ったように回転して見えた。水源のないところから水が湧き、飲む者に奇蹟的な治療があったことから、1930年10月13日現地管区レイリア司教によってこの出現は公認され、1967年には教皇庁により最初の聖母の出現のあった5月13日がファティマの記念日に制定された。歴代ローマ教皇が巡礼に訪れ、聖母マリア様のお願いを叶えて、世界をけがれないマリア様に貢献をした。2017年の5月13日フランシスコ教皇もマリア様のご出現100周年にファティマを訪れ、全世界をマリア様に奉献した。

f0340134_15001258.jpg

首都のリスボンから123キロ北部にあるファティマは、1917年当時、田舎だったが、現在人が溢れる大規模な巡礼地となっている。中心になっている大聖堂にマリア様のご出現からまもなく亡くなった2人の子供の墓がある。フランシスコとジャシンタ・マルトが2017年列聖された。大聖堂の近くでマリア様のご出現があったところに、全世界で知られるファティマ聖母マリア様像があって、その横に30mぐらい離れたところに大きな木がある。木があるところに子供が立って、マリア様を見たり、話を聞いたりしていた。現在マリア様像の前で子供と共にポルトガル語でロザリオを唱える習慣がある。とても印象的なのは毎日夜の9時に始まる、世界の諸国から集まった巡礼者が一緒に唱えるロザリオである。ポーランド語はもちろんだが、皆と一緒に日本語でも一連を唱えることができて嬉しかった。そのロザリオは普遍の教会の象徴だと思った。

f0340134_15022436.jpg

日本に戻って、9月14-15日秋田聖の湯沢台にある聖体奉仕会で、2017年4回目となる新潟教区タルシチオ菊池功司教によって開催された「秋田の聖母の日」のお祈りに参加した。ファティマ聖母マリア様のご出現100周年なので、ファティマ聖母像のレプリカが展示された。そのレプリカは、ポーランドの篤志家が日本教会に寄付したもので、10月末広島教区のカテドラル幟町教会に安置された。

f0340134_15035939.jpg

ロザリオのお祈りと十字架の道行きのあと菊池司教が司教団メッセージ「いのちへのまなざし」について話した。聖ヨハネ・パウロ2世の「いのちの福音」を引用し、現在日本と世界において、神様からのたまものであるいのちを守る必要性について話した。「その尊厳を多くの人に伝え、さらにその使命である相互の助け合いという生き方を証ししなければ、教会の現代社会における存在意義はありません。いのちの尊厳を脅かすありとあらゆる人間の業に反対の声を上げるだけではなく、同時にそういう状況の中に追いやられ苦しんでいる人々に寄り添い、さらにはそういった状況を生み出す人間の生き方の姿勢や社会の構造的罪を問い続けていかなくてはならないと思います」と菊池司教が強調した。お祈り、十字架賛美の祝日ごミサや悲しみの聖母の記念日ミサに500人以上が預かった。

f0340134_15044750.jpg

1973年に聖母マリア様が3回聖体奉仕会の笹川姉妹の前に現れられ、3つのお告げを伝えられた。その内容はファティマの牧童に告げられたお言葉に似ている。「すべての人の償いのために祈ってください」、「教皇、司教、司祭のためにたくさん祈ってください」と笹川姉妹に言われた。秋田聖母マリア様の第三お告げが1973年ファティマで太陽の奇蹟が起こったと同じ10月13日に起こった。聖母が笹川姉妹に言われた。「もし人類が悔い改めないなら、御父は全人類の上に大いなる罰を下ろそうとしておられます。その時御父は大洪水よりも重い、今までにない罰を下ろされるに違いありません」、「私たちに残る武器は、ロザリオと、御子の残されたしるしだけです。毎日ロザリオの祈りを唱えてください。ロザリオの祈りをもって司教、司祭のために祈ってください。」[1] 新潟司教ヨハネ伊藤庄治郎が1984年4月22日、復活の日に秋田の奇蹟を公認する書簡を出した。2013年10月12日夜から13日早期にかけてフランシスコ教皇が「聖母マリアと共に過ごす祈りの夜」という徹夜祈祷祭を開いた。教皇が全世界10ヵ国の10ヵ所の聖母巡礼地を選んでそれを衛星中継で結び、祈りによる連帯で、世界的な祈りの祭典にした。その10ヵ所の中に「秋田の聖母マリア様のご出現地」秋田の聖体奉仕会が選ばれた。9月15日新潟教区タルシチオ菊池功司教と話した時、司教は秋田を日本の聖母巡礼地にしたいと言っていた。聖母マリア様のご出現は、秋田が日本で初めてのことではない。2017年


150年になる浦上第四崩れと呼ばれる迫害の時津和野に流配され、棄教をするように拷問された模範的なキリスト教信者である安太郎が天に召される前に聖母マリア様の話を聞いたと言った。安太郎が1月10日真冬の津和野で身が動けない三尺牢に裸のまま閉じ込められて、外で置かれた。仲間が夜小さい硬貨を使って、床に穴をあけて、密かに彼の様子を見に行き、勇気づけようと思ったとき、彼が言った「私は少しも寂しくありません。毎夜九つ時(深夜0時)から夜明けまで、きれいな聖マリア様のようなご婦人が現れてくださいます。とてもよい話をして慰めてくださるのです」。聖母マリア様が安太郎にどういう話したかよく分からないが彼と話したキリスト教仲間が彼の精神的な力を見て聖母マリア様に違いないと結論した。安太郎が22日力尽きて、天に召された。聖母マリア様のご出現は日本の教会の恵みで、希望である。東京大司教に任命されたタルシチョウ菊池功司教が、聖母マリア様の恵みを受けてどの挑戦にも応じることができるようにお祈りします。

ドロタ・ハワサ

Dorota Hałasa




  






[1] 日本の奇蹟,聖母マリア像の涙、秋田のメッセージ、安田貞治神父著・エンデルレ書店




[PR]
by NaszDomJaponski | 2018-05-21 14:56 | Pilgrimage 巡礼 | Comments(0)
<< O nominacji kar... Kazuyasu de dom... >>